危険覚悟で「行かねばならぬ」

見渡す限り、

「銀世界」など、

言ってられない、混乱寒波。

 

暖房の効いた部屋の中、

朝の一杯のコーヒーが、

心も、身体も温めてくれる。

 

猛吹雪に、

倒れそうになりながら、

若い女性のキャスターが、

画面の中で、叫んでる。

 

「ここまでするか」と、

呆れながら、

天と地ほどの、違う状況に、

まるで、ドラマのワンシーンを、

観ているようである。

 

高速道路は、封鎖され、

飛行機も、列車も不通になって、

夜には停電、

朝には、水道管の破裂となる。

 

昔と変わらず、

自然の脅威には、お手上げ状態。

それでも、

人は、危険を覚悟で、

「行かねばならぬ」と、思ってる。

 

「命」との、

引き換えにするものなど、

この世にはなく、

危険予測の見極めで、

「辞めちゃえ」

「逃げちゃえ」は、

正しい判断の時もある。

 

「やらねばならぬ」

「せねばならぬ」の、

プロパガンダに、放浪されて、

数十年。

 

走り抜いた先に、

待っているのは、

みんな一緒の「老い」である。

 

「誰の為に」

「何の為に」

と、気づいた時には、遅かりし。

たまには、

人の流れに抗って、生きる事も有りである。

 

 

「戦闘開始」の日々である

物価上昇、

コロナ感染、

そして、最強寒波、

「三つ巴」で来た、困難生活。

 

どうあがいても、

平穏な暮らしとは、言えず、

メディアの報道が、

拍車をかけて、不安を煽る。

 

宗教の、教えの中に、

「神の祟り」か、

「先祖の因縁」か、

人間が、悔い改めなければ、

起こると言われていた、

「天変地異」

 

脅しのようにも、

捉えていたけど、

「当たらずも、遠からず」

みたいな現実が、やって来た。

 

そんな状況の中で、

「明るく、元気に頑張ろう!」

なんて事は、不可能である。

 

旅に出たり、

美味しいもの食べたり、

欲しいものを手に入れても、

一瞬の誤魔化しであり、

現実は変わらない。

 

敏感な人達は、

震えるほどに、不安が募り、

「心の病」に苛まれる、

誰にでも、起こりうる現象である。

 

これほどの、

自然環境、社会情勢が、

変容すれば、致し方なし、

嵐が過ぎ去るのを、

待てば日和があるかと言えば、

「見通しは立たず」

 

混迷の中で、

「悪意」も「善意」も、

ごちゃ混ぜで、

お金がないなら、人の物を奪い取り、

腹が立ったら、人の命を奪い取り、

犯罪が横行する。

 

他人事ではなく、自分事、

「降り掛かる火の粉」は、振り払い、

「注意散漫」は、身の破滅。

 

長い事、

「平和ボケ」した頭が、

この歳になっても、冴えてくる。

夢見た、

「気楽な老後」は、すっかり消えて、

「戦闘開始」の、日々である。

 

 

 

誰にも「想定できない」時代

10年に一度の、

「強烈寒波」と、

言われれば「あったかも」程度の

記憶しかない。

 

阪神間の街に、

雪が積もるなど、滅多になく、

地震以外は、想定できず。

 

「準備して」と言われても、

一人暮らしの高齢者、

ただ、ただ、

「ひきこもり」を覚悟する。

 

都会の中で、

インフラが止まるなど、

経験は皆無に近く、

着込めるだけ、着込み、

布団の中で、丸くなるしか無い。

 

「御殿のような」住宅街も、

快適、オール電化は、

たちまち、全滅。

便利も、一瞬で不便に変わり、

「高級外車」も、

雪が積もれば、役立たず。

 

いつの日か、

「電気」は、自家発電となり、

「車」は、空を飛び、

人間の代わりに、

「ロボット」が、買い物に行く、

 

そんな時代が、

未来図に有るのだろうか?

残念ながら、

今の

「日本」が、存在することも、

「私」が、存在することも、

誰にも、

「想定できない時代」になったのである。

「すみません」同士が、喧嘩する

「心」が、弱っている時は、

人の、何気ない「言葉」や、

当たり前の「行動」に、

「チクチク」する。

 

ただの思い違いや、

ちょっとのズレが、

「迷い道」に、入っていく。

 

言い返す言葉もなくて、

「すみません」と、

思いもかけない言葉が、口をつく。

 

相手も、大人、

こちらの方こそと、

「すみません」同士が、喧嘩する。

 

若い頃のように、

派手な喧嘩も、

嘘の涙も、

通用しない歳になり、

あとは時間が、「自然治癒」

 

根治治療もせずの、対処療法、

いつの日か、

同じ場面、同じ出来事が、

起こるたびに「急性増悪」

 

頭の片隅に、

歯の根っこに、

首のしこりに、

消えずに、残る小さな傷口、

 

残された、時間のない、

高齢者の、心なんか、

「気にもならない」なんて、嘘。

 

培われた、

長い、人間関係。

人の言葉の、反対語、

なにもかもが、

分かってしまった、人間の心、

 

わかったから、直そう!

理解したから、戻そう!

知識があっても、「知性」は育たず、

見識があっても、「教養」は育たず、

 

長く生きたからと言って、

「困った性格」は、生まれたまんまで、

情けなくて、泣いている。

 

こんな便利な時代に「なんでやのん!」

「真後ろにいる」寒波に、

負けないくらいの、

太陽の日差しの朝。

 

昔を思えば、

「暖房」は、

練炭の炬燵に、炭の火鉢、

「冷房」は、

扇風機に、うちわであった。

 

電気の代わりも、ガスの代わりも、

なんとでもなる時代、

人間の手が必要となる、

めんどくさい作業ではあるが、

 

今は、時代が変わり、

「スイッチ ON」で、

手間が省ける暮らしになった。

さらには、

若者達は、スマホ一つで、

何もかもを操作する。

 

「えらい時代」には、なったけど、

震災、災害だけではなく、

ちょっと「大雨」

ちょっと「大雪」

になれば、

全てのインフラは、ストップする。

 

こんな便利な時代に、

「なんでやのん!」

と、思うけど、

それほど、自然の脅威には、

人間は太刀打ちできず。

 

昔、住んでいた、

築70年の、日本家屋、

「床下」は、住めるほどに深く、

「大黒柱」は、びくともせず、

「庭」は、広くて、焚き火もできる、

その上、

干上がらない「井戸」がある。

 

住んでる時は、

「高層マンション」に、憧れて、

広くて、掃除が大変、

と、難癖つけて、脱出したが、

 

今から思えば、

田舎暮らしが、流行る世の中、

有事の時には、

なんとでもなる、あの家が、

不便なようでも

「良かったかも」と、惜しんでいる。

 

 

「便利」と「危険」は紙一重

今は、

「物騒な」時代になった、

世界中の情報も、

知ることが出来るが、

個人情報も、漏洩する。

 

昔の、

伝達方法は、

「固定電話」か「手紙」のやり取り

自分に、伝わるまでに、

すでに、

親が、もみ消してしまう。

 

現代では、

スマホや、パソコンが身近にあり、

小学生の子供達も、操作ができる。

 

善悪がわからない子供を、

騙すことなど、簡単である。

便利と危険は「紙一重

 

親の目を盗んで、

外出しても、

「6時門限」で、一家揃って、

食卓につくので、

一人欠けても、すぐバレる。

 

「うるさい」

世間と親の監視下では、

不自由でもあり、

早く、大人になって、

「自由」獲得を、

密かに、狙っていたのである。

 

今の子供達は、

学校や塾から、家に帰っても、

お友達とのラインやメール、

親の存在は、薄くなる。

 

おしゃべり禁止の、

食卓で、大人達のひそひそ話を、

盗み聞き、

「まだ早い!」と言われる、

恋愛小説を、盗み見て、

大人達との、知恵比べ。

 

アフガニスタン」の、

女性蔑視ほど、酷くはないが、

「娘を守る」を建前に、

女性差別らしきものは、

家庭の中で、少なからずあったと思う。

 

甘くて、優しい、

理解ある、「パパやママ」など、

その当時の、

家庭の中には、探してもいない。

 

行く先言わず、

出かければ「家出」と言われ、

門限破れば「不良」の始まり。

 

晴れて、二十歳に成れば、

権利はあるが、責任はつきまとう、

親が身代わりに、ならずの社会、

分かった時には、

「親はなし」である。

 

 

 

 

 

半信半疑の「5回目のワクチン」

朝から、

半信半疑で、

「5回目のワクチン」を打ちに、

医院に、向かっている。

 

第八波の、猛威の中、

もはや、

「5回目」であるが、

ワクチンの効果が、見えてこない。

 

インフルエンザには、

打てば安心の、

治療薬、「タミフル」があるが、

いまだ、

コロナには、

決定的な治療薬がない。

 

病気に罹っていない人の為の、

予防薬、

病気に罹った人の為の、

治療薬、

全く、効能効果が違って来る。

 

ギリシャ文字24文字から、

名前がつけられてゆく、

変異株が、

次々と、姿を変えて、

世界中を、震撼させている。

 

玉子が先か、鶏が先か、

新しいウイルスに、

「追いつかない」ワクチンが、

唯一の「頼みの綱」である。

 

何回、

言え、何十回、

私達は、終わらないワクチンを、

打ち続けるのだろう。

 

人間を救うために、

治療薬を、研究し続ける「科学者達」

国の経済を、背負って、

頑張り続ける「若者達」

昼夜を問わず、

働き続ける「医療や介護従事者達」

 

私達、

高齢者ができる事は、

病院を逼迫させないため、

迷惑をかけないため、

ワクチンを、打ち続けて、

貢献するしかないのである。