次なる停車場で、出逢えたら。

人生を共に歩んでいる人の、

何気ない一言で、心が凍りつく時がある。

隣にいる事に、なんの違和感もなく、

当たり前のように、同じ方向を、

見ていたと、思っていたはず。

 

「一言くらい、どおって事ないか?」

と、頭の中では否定するので、

変わらぬ笑顔で、応対する自分がいる。

 

「本当に、そうだったの?」

と、聞き返す勇気はない。

多分、その一言は、一度目ではない。

私の防御装置が、作動していたので、

核心には触れてはこなかっただけである。

 

深く海底に潜る潜水艦のような心から、

潜望鏡を水面にだしながら、

常に観察している私の意識の眼が、

たった一言を見逃さない。

 

相手が悪いのでも、間違っているのでもない。

私の内なる問題であり、主観的思考である。

私の肉体は、穏やかな日常の中に、

静かなる環境の中に、今も、在る。

 

長く、着ている間に、

少しずつ、縫い目がずれていくように。

誰かに、「素敵なドレスね」

と言われても、ほんの少しのひきつれが、

本人にとっては、着心地が悪い。

 

正しいか間違いでもなく、

良いか悪いでもなく、

気がつけば、一人ぼっちで停車場にいる。

列車に乗って、次なる停車場で会えたなら、

また、永遠への旅は始まる。

 

人は一瞬でも目を離せば、消えてしまう。

哀しみも歓びも、まるでゲームのように、

画面が変わってゆく。

 

温かな風が、サラサラと流れて、

凍りついた心が、ゆっくりと溶けて行く。

そして、眠りから覚醒する。