母は、40歳の時、癌で亡くなった。
私の中の母は、それ以来歳を取らず、
いつまでも、美しい女性のままである。
祖母から、
「貴方のお母さんは、お父さんと結婚する前、
結婚を決めていた人がいたのよ」
と、亡くなってから聞かされた。
何故か、驚きもせず、
「へぇー、どんな人?」
「教会の牧師様」
戦死したと聞かされて、諦めて、
母が、父と結婚してから、生きていたことが、
分かったらしい。
高校生の頃に聞かされたが、
素敵な話だなと思った。
4人の子供を、途中であったが育てあげ、
難しい父との結婚生活は、
子供心にも、幸せそうではなかったから。
父も知らない母の秘密。
「もし、その牧師様と結婚していたら、
お母さん、死ななくても良かったのに」
母の時代の女性達は、結婚相手で、
運命が変わると言われていた時代である。
父と結婚しなかったら、私が生まれないけど、
母には生きていて欲しかった。
40歳は、若すぎるし、悲しすぎる。
大人しく、従順な母ではあったが、
父にも、子供達にも、誰にも言わずに、
大切な秘密を抱きしめて、死んだ。
誰もがたくさんの秘密を持っている。
私にも、誰にも言わない秘密がある。
どんなに信頼できる人がいても、
生きてる間は、決して言わない。
その秘密はその人の身体の一部である。
その人らしい、唯一の美学。
誰かに言った瞬間に、消えてしまう。
だから、言わなくていい。
この世からいなくなった後に、
聞かされた人が、温かく受け止めてほしい。