私を許してくれますか

若い頃は、

眼が覚めた瞬間、

直ぐに起き上がり、動き出した。

 

最近は、

何となく目が覚めて、

頭がぼーっとしているのが、

治ってから、徐に起き出す。

 

ガバッと起きると、血圧変動がおき、

フラフラする。

ややこしい身体になったもんだ。

 

「あの頃は、あの歳には、良かったなー」

と、過去に執着する気はないが、

びくともしなかった肉体を持つ人間は、

ここへ来て、元気な事の大切さを知る。

 

トイレに行けば、おしっこが当たり前に出て、

ベッドに横になれば、直ぐ眠れて、

遅刻しそうになれば、思いっきり走れる。

 

当たり前にできていたことが、

できなくなり、身体の異変にビックリ。

その度に、病気かと思い、お医者様に。

「加齢ですなー」

の一言で済まされる。

 

こんなに症状が出てるのに、

何とかしてよー。

強いてつけるなら、

曖昧な、「習慣病」もしくは「認知症

 

60代の頃は、

若い人たちと一緒になって、行動し、

年を重ねるという綺麗事に、

かなり抵抗して、無理をしていた。

 

しかし、さすが、70代になると、

「身体が思うように、動かん!」

のである。

 

思わず出てしまう「オイショ!」の掛け声。

テレビが壊れたのかと思えば、

こちらの眼が、壊れていたようだ。

トイレもお風呂も、早いのが自慢?だったが、

誰の話と思うほど、婆さん動作。

 

怖いもの知らずの私は、

虐められたらやり返し、

取られたら取り返し、

屈服するまで、議論を交わした。

 

それらの若気の至りや大恥も、

うっすら、もやがかかって、

忘却してゆく。

 

あんまり好きではなかった私のことを、

「許してくれる」

歳を重ねた私がいる。

 

巻き散らかした迷惑も、

思い続けた悲しみも、

食いしばって耐えた寂しさも、

しっかり胸に抱きしめて、

穏やかな時間の中で、消えてゆく。

 

人の一生、最後は、

プラスマイナス、ゼロになる。

抗わず、穏やかに、暮らしてゆきたい。