人間関係は、不思議なもので、
ある時期、非常に親しくしても、
いつの間にか、自然に疎遠になる。
こちらが、
この人とは、馬が合い、
長い付き合いになると、思っていても、
いきなり、消えてしまうこともある。
夫婦も、出会った時は、
「間違いない相手」と、思い込み、
結婚して、年月と共に、
「我慢の限界」との答えを出す人もいる。
もっと、悲惨なのは、
家族との別離である。
親子関係、兄弟、姉妹関係、
他人との別れより、
生涯の傷となる場合もある。
「所詮他人やからね」
と、心の整理がつけれる相手ならいいが、
血を分けた身内とは、
身体の一部を剥がされる様に、痛みが走る。
生きていく上で、
そこまでするだけの事情もあり、
結果として、お互いの重圧が、
解放されるなら、それも良しに転じる。
移り変わる状況の中で、
人は、変容するものであり、
こちらが、好きでも、
相手は嫌いになっていて、
「もっとも、近しい人達」のエリアから、
除外されている。
どの答えも、
自分の基準に、照らして、
大切なものがあったり、
大切なものが出来たりした時に、
本人がジャッジするが、
相手が同意しない時は、
特に男女関係は難しい。
「出て行け!」
「出ていくわ!」
と、大見え切るのも、悪くはない。
人を介して、
手紙を書いて、
なるべく会わずに、後退りの別れ方も、
悪くはない。
100年近く生きるとすれば、
過去のことなど、見えないほど小さい。
半世紀経てば、世界も変わるし、
人間も変わる。
同じ場所、同じ時間には、立ってはいない。
私の持論の中には、
「出会いがあれば、別れがある」
と言う、宇宙の法則がある。
皆、最終的には、
ちり、芥となって、大地に返る。
一人として、同じ人間はおらず、
パズルの様には、合わず、
人間に対して、好き嫌いだけではなく、
人間関係論で、繋がっているならば、
「終了しました!」と、受け止めれば、
傷つかなくていい様な気もする。