「上流、中流、下流」の選択肢

今日は、

今年の冬一番の、「大寒」らしい。

 

いつもの温度では、部屋も薄ら寒く、

「くしゃみ」が、止まらない。

 

海底火山の大爆発、

オミクロンの感染拡大、

日本経済の低迷、

テレビのどのチャンネルを回しても、

マイナーなニュースばかりである。

 

以前、

社会の中で、自分の家庭を、

「上流」「中流」「下流」と、

分けられていた事があり、

友人達は、みな、

中流」かな、「普通」かなと、

「普通が一番!」

宣っていた。

 

「上流」と言われる人達は、

常に、世界のグローバル競争に、

打ち勝たなければ、

全てを失う恐怖もある。

 

私の様に、最初から、

「儲け」や「利益」から、遠い職業は、

社会の位置づけを問われたら、

もちろん「下流」と、澱みなく答えれる。

 

「衣食住」最低限度の暮らし、

暑さ寒さを凌げるライフライン

「贅沢」を望まなければ、

人間らしい暮らしはできる。

 

貯蓄も底をつき、健康を害した、独居老人、

これ以上、下流に流れたら、

福祉のセーフティネットで、

救ってもらおう。

 

一流大学、大企業に、終身雇用で、

一途に勤め上げた

中流」の人達、

コロナ化にあって、

「こんなはずではなかった」と、

声を上げている。

 

若い人達のリモートワーク、

早期退職金のあまりの少なさ、

第二の人生は、第二の就労探し、

 

年齢制限で、はねられ、

資格もなければ、特殊能力もない、

残る人生、不安に陥る。

 

差別化の有益なツールに、

「スマイルカーブ」と言う言葉があり、

上流か、下流か、

二極化していく社会の中では、

真ん中の「中流」を、維持していくのは、

変容する世界の中では、

一番、難しい選択肢になってきた。