「春眠暁を、覚えず」の朝

まさに、

「春眠暁を、覚えず」の、

朝である。

 

目が覚めるなり、

「ガバッ」とは、起きられず、

芋虫の様に、

ベッドの中で、丸まって、

微睡んでいる。

 

「家族」無し、

「する事」無し、

「楽しみ」無し

の、三拍子揃った、日常が、

長く、続いて、

 

頭も、身体も、

すっかり「間延び」して、

まるで「別人」の様な、

私がいる。

 

仕事も、辞めて、

友人達との、交流も減り、

外野席からの、野次もなく、

 

静謐で、

優雅で、

自由な日々を、

手に入れた筈なのに、

私の存在が、消えてゆく。

 

確固たる

「居場所」が色褪せて、

いつの間にか、

「終の住処」に、変わってゆく、

 

いつかは、

どこかで

「引き際」は、来るだろうと、

思っていたけど、

いきなり、

舞台の「緞帳」が、降りて来た。

 

吹き荒れる、

「嵐の海」を、渡りきる為に、

予定は未定になり、

船体は、大きく旋回して、

日本丸」は、

突き進んで、行かねばならない。

 

「酢いも甘いも、噛み分けた」

高齢者達は、

「何が起こっても、狼狽えず」

とは、言いがたく、

精神は、混迷している。

 

人間には、不可欠な、

「気力、能力、体力、」も、

欠けては来たけど、

自然治癒力」が、動きだし、

「残存機能」が、再起する。

 

新しく、

移り変わる、世界が、

「古い観念」を、吹き飛ばして、

「新しい脳」を、再生する。

 

片隅にでも、

「私の存在」が、あれば、

未来に、

指先が、届くかも知れない。