医者も人間。

「医者が急病のため、閉院します」
突然、張り紙が出された。
50年近く、下町の地域に根ざした赤ひげ先生であった。
ひとけのない昔ながらの看板の前で、立ち往生。
「先生、しんどいねん」
「よっしゃ、昼から、注射一本打ったるから待っとき!」
雨の日も風の日も、ドクターバックに点滴入れて、自転車でどこにでも往診してくれる翁先生。
町の人たちにとっては、命を守ってくれる神様のような存在。
病気が治れば、出て来てくれるとの願いは虚しく、今も扉は閉ざされたままである。
色々、噂はたったが、患者も市も真相はわからないまま、数ヶ月が過ぎた頃、私だけは真実を知ることとなった。
大きな借金を抱えた家族の一人が、自殺をされたと言う悲報であった。
その為に、残された家族は家も診療所も失い、残された家族共々追われるように、逃げ延びて、やっと落ち着いたとのこと。
今時、信じられないような話ではあるが、医者であっても、厳しい運命は避けられない。
どれほどの人々の命を救い、尽力を尽くされたかは、分からないが感謝以外の言葉は出ない。
絶望の中で、小さなお孫さんまでいる家族のためにした決断の夜逃げであった。
元々、医者にしとくにはもったいないほどの行動力のある先生でしたので、あの峠の向こうまで、無事に逃げて欲しい!
生きてさえいれば、再び、先生は誰かを助けて下さると信じていますので。