感性は教えるものでは無い

持って生まれてくる人もいるが、ほとんど、
環境によって育まれる。
最近のヤングママたちは、割り切りがよく、自分たちが育てるのではなく、スクール付きの保育園に入れて、専門家に任せる選択をしているらしい。
知識を身につけさすには、それも良しだとは思うが、感性だけはそうはいかない。
身の回りの小さい世界の中で、目に見えるもので、身につくものではない。
見えないものを感じ取り、想像力で、自分の中に画像を作り上げていく作業である。
日本は、物が豊かな国で、画面からはみ出すくらいにものは溢れ、手に入らないものはない。
自分が想像する前に、そのものは存在し、
目の前にあるものを、手に入れる手段さえ考えれば、簡単な事なので、感性は磨かれず、欲求を満たす方向に向かう。
貧しくとも、小さな窓から見える月や星の美しい光は、誰にでも等しく与えられ、想いを宇宙にはせる。
楽しい事、嬉しいことだけではなく、悲しい事から、苦しい事からも、感性は涙の中で静かに生まれてくるかもしれない。
ありがたい事に、歳を取っても、持ち得た感性は、朽ちる事もなく、忘却する事もなく、死ぬまで、その人の中で生き続けて行くのである。