バレリーナを夢見た頃

芦屋川にかかる大正橋の近くに崇信幼稚園があった。
今から、70年程前の話であるが、夕方からバレエ教室が開かれていた。
家から、急ぎ足でも20分はかかり、車などなかった時代に、母に手を引かれて、暗い夜道を、3歳くらいからバレエ教室に通った。
小さな頭に、伸ばした髪をアップにして、大人気取りで、「アン、ドゥー、トワ」
嬉しくて、嬉しくて、たくさんの習い事の中では、一番好きなお稽古であった。
小学生になり、部屋ばきみたいなバレエシューズから、ピンクのサテンのトウシューズに変わった時は、大切に抱きしめて、一緒に眠った。
発表会のたびに、おとぎ話のような衣装が決まり、頭の中は、バレエ一色。
ある日、一人の女の子が、バレエ教室に入って来た。
椅子に腰掛けて、黒いバレエ着を身につけて、トウシューズの紐を結ぶ姿は、まるで、黒鳥のように美しかったのを、鮮明に覚えている。
天性のバレリーナの条件を備えた彼女を見た時、幼心に、「叶わない」と感じた。
予想通り、彼女の実力と技術は群を抜き、
其の後、プロの道に進んでいかれた。
「お母さん、私、バレエをやめる!」
夢見る夢子が、本物のバレリーナと出会い、
プロの凄さに、脱帽し、生まれて初めて、
諦める悔し涙を流した瞬間でした。
そして、私の大好きだった15年間のバレエ人生が、その時、終わったのです。