貴女を追っている人がいる

ざわついた、暴風雨の夜、暗い夏が、
湿った空気の中で、怯えている。
陽炎が飛び交う河面も、流れる水が、砕かれて
水しぶきを上げている。
風が、枝を投げつける音が、交錯する。
目の前に広がる川の乱舞する姿を眺めながら、
洗いかけていた、お皿を置いた貴女。
一年前の台風の夜、道に迷ったふりをして
濁流の中に、身を沈めた貴女の事を思い出す。
口元に手を当てて、小さなあくびを隠した貴女が、真っ直ぐに、真っ黒な虚無の世界へと向かっていった。
うねる木の陰で、追っ手が来てくれる事を、待ちながら、震えていた。
待って、待って、待ち続けて、たどり着いたその場所に、誰もいなかった絶望を、味わった。
そして、バリバリと裂けた闇夜の川の中へと、
静かに歩いていった事を、私の魂が見たような気がする。
時間を元返す事が、出来たなら、幸せなリビングで、夫や子供や孫たちと、笑っていたかもしれないけれど、すべての選択肢の支配者である貴女が、「こんな私がどうして?」と、
首をひねって、物言わぬ人になっていったのは、いつからかを知りたい。
差し伸べられた手を、握り返せなかった理由を、知る事ができれば、貴女の魂を救える事が、できると思っている、
家族でもない、遠い存在の私の中に、
今も、記憶と共に生きている。