懐刀

「親父、帰るよ」
と、立ち去りかけた息子に、寝たきりで声も出ない貴方が、右手の親指と人差し指で丸を作って合図した。
とっくの昔に、繋ぎ止めていたものを無くした
私の胸に熱き思いがこみ上げた。
そして、涙が流れた。
独りよがりの頑固さを貫いて来た貴方の中に、こんなにも素直な心があったことに驚く。
あの世とこの世を行き交う中でさえ、誰が呼びかけても肯定をしない筋金入りの頑固さに、
私は疲れ果てていた。
十数年前、何度話し合っても、同盟を結べない人との暮らしを諦めて家を出た。
私の背中にかけて来るはずの言葉はなく、
冷たい風の音を聞いていた。
「小さい頃から天邪鬼だったから、呼び名はアムちゃんと呼んでいたのよ」
と、亡き義母は笑いながら語っていた。
誰との約束を、貴方は守り抜いて来たのかを知りたい。
過去から隠し持って来た懐刀を、しっかりと息子の手に渡し、どこまでも否定し続けて来た魂を、たった一人の人に委ねた瞬間を見たのである。
母親からは慈愛を、父親からは貫く勇気を、
最後の場面まで与え続けることができれば、
子供に何かを残せる気がする。