お正月の思い出

いつもの喫茶店が、珍しく満席である。
食器の音と、行き交う店員の慌ただしさで、
晦日を味わっている。
長い人生の中で、一年に一度必ず来るお正月。
多分、一度たりともこの儀式ごとは、外したことはない。
いつのお正月が、思い出深いかを考えれば、
一度だけ、鮮明に覚えているお正月がある。
亡き母との最後のお正月。
いつもながら、母は前日から、徹夜状態の元旦を迎えた。
3人の娘にそれぞれの着物を着せて、最後に母は、江戸紫の美しい着物を身につけて、お祝いが始まった。
火鉢にかけられたお酒をかんするやかんの、ちんちんとなる音が、静謐な座敷に流れていた。
上座に座った父は、いつもより一回りも大きく、一層威厳があった。
普段から、食事の時は私語は禁止で、子供ながらに、息がつまる様な時間だと感じていた。
長い座敷机に並んだ母の手作りのおせちやご馳走も、思い出せないほどの悲しみの一月一日。
その年に限り、父が、何故か、一度もしなかった家族の記念写真を撮ると、写真屋さんが呼ばれ、床の間の前に一家6人が並んだ。
その年の10月、あっという間に、母はこの世を去った。
今から60年近くも前の話ではあるが、
今になって、写真を見てみれば、幸せな家族の様にみんな笑っている。
その日から、私の人生の中で、どんな笑顔の写真を見ても、幸せな時は一瞬である事を、肝に命じたのである。
悲しみと喜びが、繰り返される一年の始まり。
身の引き締まる思いである。