ゴミ災害

家の中を見渡せば、プラスティック製品は、山程ある。
いつの間に、すべての飲料水が、ペットボトルに変わったのかも定かではない。
女性が、瓶を片手にラッパ飲みするのは、ラムネ以外ない時代もあった。
現代は、会議しながら、歩きながら、どこでもペットボトルをラッパ飲み。
「まあ、なんてお行儀が悪い!」
と言ってた、分別あるはずのバアさんが、同じようにラッパ飲み。
飲んでる本人も、見てる方も当たり前。
一人暮らしでも、45リットルポリ袋に、一週間に一度はゴミになる。
多人数の家庭なら、一体どれほどになるんだろう?
私なんぞは、家の中をきれいに片付けておきたい方なので、たったか、たったかゴミに出す。
「ああ、スッキリした!」
と言ってたが、今は大変なゴミ事情。
中国が、日本の廃プラを輸入しなくなってから、ゴミ回収会社はパンク状態、焼却できず、再生できずでお手上げ状態。
地球規模の問題として、未来に苦言を提示してからは随分たつが、日本は最近になって報道され出した。
小さな国であるが、ゴミを出す量は世界2位である。
陸から溢れ出したプラスティック製品が海を漂い、魚や鳥のお腹のなかで分解されて、化学成分として残り、人間の身体に逆戻りする連鎖の恐怖。
ビルほどに積み上げられたプラスティックのゴミの山の映像を見せられて、
「うーん!」
呻くしか、手立てはないのか?
いつ襲って来るかわからない震災も大変な事ではあるが、自分の暮らしなかで自分が震災と同じく危険なものを製造していることに気が付いたのである。
「ストローはいりません。」
「ポリ袋入りません。」
と、小さな個人の動きぐらいでは追いつかないほどの現状である。
自分も含めて、無意識に、買っては食い散らかす人間の浅ましさを、今、深く痛感している。