チロ、ごめんね。

「お母ちゃん?」
蝉の声と、まとわりつくような真夏日
見上げた母の白い日傘が、真っ白な空と同化して、時間が止まっていた。
「チロは、死ぬの?」
答えない母の目から、冷たい雨のような涙が、私の頬に落ちて、伝った。
全身の毛が抜けて、真っ赤な皮膚からずるずると粘液が染み出していた。
タオルに巻いたチロを置いて、保健所から逃げるように飛び出した。
医学が進み、今は、動物もどんな病気になっても、人間と同じように手厚い治療が施されている。
私が5歳当時は、犬は病気になれば、必ず死んだ。
痛くても、苦しくても、物言えぬチロの目は、
訴えていた。
見かねた母は、意を決してチロを抱きしめ、
私の手を引いて保健所に駆け込んだのである。
こんな残酷な場面に、母が私を何故選んだのか知っていた。
草むらの段ボールの中で、キューキュー泣いていた赤ん坊のチロを、見過ごせなかった私が、拾って来た捨て犬であったから。
「捨ててこい!」
と、父から怒られても、家に入れてもらえなくても、チロを胸に抱っこしたまま離さなかったのである。
真っ黒の目をした、真っ白のスピッツは、その日から我が家の一員となった。
そんなチロを、私が殺した!と、小さな胸は、
震えていた。
「私、犬が大好きなんです」
と言えなくなった私は、ワンちゃんを見ると
切なくて、悲しい。
「小さいワンちゃん、飼いはったらいいのに」
と、周りに言われるが、
死なないワンちゃんがいたら、飼ってみたいかな?と答えている。