食べて、食べて、食べて来た人生。

「あれ、お店がなくなってる?」
友人を誘って、安くて美味しいグリルに行くと、影も形もない。
シェフは一人で、満席になると20人は越えるが、一皿一皿丁寧に美味しい料理を提供されていた。
「あーあ、また一つ、行く店がなくなった」
長く生きていれば、通い慣れた医院も、お店も、果ては使い慣れた化粧品も廃盤になる。
あまり、新しもん好きでもなく、外食も中華はどこ、イタリア料理はどこ、和食はどこと、決まったお店にしか行かず、そこが無くなれば、食べには行かない。
日本国中、これほど飲食業が発展した国は珍しい。
ネットで開くと、選べない程の店舗数。
美味しいか不味いかわからないものに、お金も時間もかけたくないので、行かない。
人間最後に残るのは食欲で、元気老人たちの楽しみは、ジムに行ったり、山に行ったり健康を維持しながらも、空いてる時間は、ほとんど寝てるか、食ってるかだと思う。
時間とお金のある豊かな高齢者たちは、ワイン会に食事会、友人達との一週間に一回のランチタイム等、死に物狂いで残された時間を謳歌する。
いつか、動けなくなった時のために、いつか食べれなくなった時のために、生きてる間に食べ尽くす。
私の様に、怠惰で、めんどくさがりの高齢者は、その時が来たら、
「やっぱり、食べたいものを食べときゃ良かった!」
とは、きっと思わないだろうと確信している。
死に直面すれば、あの店に食べに行きたいなど、視野にも置かない状況になる。
温かな、香り豊かなコーヒーは、飲みたくなるかもしれない。
時代が変わって行く中で、何を食べていても、
楽しい時間を味わえれば、嬉しいのである。