貴方のことを忘れない

私が、泣いてる時も、怒ってる時も、笑ってる時も、貴方はいつもそばにいた。
温かな背中に、両手を回して抱きしめたら、
冷え切った指の先まで、溶けてゆく。
それでも、まっすぐに前を見据えて、瞬きもせず、私を受け止めてくれた大きな身体。
わたしが長く家をあけると、心身症になって、リビングの絨毯をボロボロにした貴方が、今は、私の心を癒してくれる。
寂しがりやのあかんたれの貴方が、いつの間に、そんなに強くなったのか知らない。
一家団欒のない冬のような家族の中で、貴方は15年生きた。
愚痴一つ言わず、不満一つ訴えず、バラバラ家族の中で、絆を繋げてくれた。
「ゴンちゃん、生きていくって、辛いねー」
と呟いたら、貴方はすっくと立ち上がり、夫がいる離れの部屋に向かう。
部活で疲れ果て、夜遅く帰る息子を、玄関でじっと待つ。
「おぅ!ただいま」
家族にも声をかけない、優しい息子の声が聞こえる。
貴方だけが、家族の部屋を往来する。
細い隙間の開いたドアを、黒い鼻で押し広げ、
それぞれの悲しみを、静かに解放する。
動物は、神様が人間の喜びのために創られたと言う。
傷ついた魂を癒し、人の優しさを引き出す魔術には敵わない。
広いベッドに二人で座り、繰り返されてきた二人談義。
わがままな私に言い返しもせず、否定もせずにうけとめて、「ウン、ウン」と、頷いてくれたのは貴方だけ。
薄い満月の光が残る朝方に、貴方はさようならも言わずに姿を消した。
貴方がいた貴重な時間が、家族を守り切って今がある。
ゴールデンリトリヴアの犬の賢さと、愛のおかげで、冷たい季節を乗り越えれたのである。