一肌脱いで

人の為に、結構、一肌脱いできた様に思う。
諸肌までは、脱げなかったかも知れない。
大した助けにはならなかったとは思うが、
時には、
「一生の恩を受けました。おかげさまで、今があります」
と、言われる事があり、本人がびっくり。
アドバイスも当たり前、お金も些少で、そんなもんで助かるわけがないのに、私ができることはこんなもん。
それでも、見るに見かねて一肌脱いだのである。
長い人生の中で、歯車が狂って、資産を失って
一家離散。
訳もあり、経緯もあるが、今、途方に暮れている人に、手を差し伸べず帰るわけには行かない。
三日間生きれる糧を、差し出すしかないのである。
人伝に、ゴキブリの巣窟の家で、寝たきり状態の人が放置されていると聞けば、聞いた以上はほっとけない。
理不尽な事業所に、お弁当だけ届けられて、介護もされずの悲惨な状況。
救急車呼んで、生活保護かけて、無事に救出。
後になって、元慰安婦であったと言う事を聞き、ほっとする。
どれも、これも、緊急時対応はするが、その後を知らないのである。
度量のない私には、最後までは見届けることもなく、また、彼らも訪ねて来ることもない。
血が出ていれば、止血をし、骨折していれば、添え木をし、喉が渇いていれば、水を飲ませてあげることくらいしかできない。
私自身も歳を重ね、今更、見せれる肌ではないけれど、元気な人が、若い人が、
「一肌脱いでくれたら」
日本も、少しは変わるかも知れないと信じている。