老いらくの恋

85歳まで、一度も結婚せずに、生きて来た。
すでに、家族はなくなり、遠くに妹が一人。

東京の下町で生まれ、育ち、自宅で小さな店をかまえて、嫁がず後を継いだ。
そろそろ、家を売って、有料老人ホームでも入ろうかと、ぽろっと呟いた。

その2、3日後、いきなり不動産屋の男が、
訪ねて来た。
近所で、チラッと聞いたので、ご相談に乗りたいとのこと。

その日から、誰からもかかったこともない固定電話が鳴り出し、誰もこなかった家に、その男の人が、出入りし出したのである。

すっかり打ち解けた頃、家を購入したい人や、手続きしてくれる弁護士まで連れて来た。
なんだか、静かだった身辺が、ワイワイガヤガヤ騒がしくなって来て、なんだか嬉しい。

その話を聞いた妹が心配して、
「お姉さん、私が行くまで、絶対、印鑑押したらあかんよ」
大丈夫と言っていたが、すでに署名捺印済みである。

お金や資産を騙される寸前で、この事件は終わった事を、友人から聞いた。
「しっかりした姉で、絶対、騙されるような人じゃないのよ!」
と叫んでいた。

85年間も一人で生きて来て、寂しかったんだと思う。
いきなり、目の前に男性が現れて、気遣ってくれる毎日。
好きにならないわけがない。

お姉さんの世界では、詐欺ではなく、恋だったかもしれないよとは、友人には言いにくい。