あっという間の一年

ひょっとしたら、土曜日は月曜日の次の日?
であり、6月は1月の次の月?くらい、月日のたつのが早い。

私くらいの歳になると、1日が48時間欲しいくらいに、地球の回るスピードを遅らせたいと思っている。

若い頃には、思いもしなかった、1日、1年の大切さ。
ここまで来なければわからなかった、後悔。
1日24時間売りに出ていれば買いたいとさえ、思っている。

還暦を過ぎた頃から見えて来る、世の中の成り立ちや自分の姿。
何層にも重なった雲のように、振りはらえど見えて来なかった意味と意義。

雲の隙間から薄日が射すごとく、光を見出した頃には、すでに遅しの感がある。
「そうだったんだ!あの時ああしてれば」
と、失った日々を後悔するのである。

反省したところで、取り戻せないことを知り、
残された時間は、しでかした不始末や失った事への懺悔の気持ちを、心の中で、自分なりの処理をしていかねばならない。

大切なものが何かを知った日から、どう実行に移して行くかを、また自分で考えれば間違いは続く。

若い人達に伝授していかなければならない歳になり、どんな行動をとり、何を伝えるかを問われる事となる。

人から学ぶ、物事から学ぶ事を敬遠してきたが、見えにくくなった目で、聞こえにくくなった耳でも、「学び」をしていかねばならない羽目に陥っている。

だから、若い人に、何か一言と言われたら、
「成功事例はないので、私の失敗談を」
としか言えない。

私にとっては、時は金なりではなく、時は学びなりであり、
地球の回る音が、追いかけて来る日々である。