蛇味線の音が、聞こえてくる

死ぬまでに、

一度だけ、

夜空に輝く「満天の星」を、

観に行きたいと、願っている。

 

なるべくなら、

空気の澄んだ田舎町が、

良いかなと、思っている。

 

もう、何十年も前ではあるが、

妹が住む、石垣島に行った時に、

連れていってもらった場所が、

忘れられないでいる。

 

「漆黒の闇の中」に、

月と、星が、

夜空に輝き、

電気ひとつない、場所であった。

 

「月の雫」と、

呼ばれる場所で、

「この世ではない」ような気がしたのを、

うっすらと、

脳裏に残っている。

 

遠くから、

誰かが弾く、蛇味線の音が、

聞こえてくる。

日本の最南端の大地に座り

「切なさと悲しみの時間」

私が辿って来た歴史が、

静かに降りてくる。

 

あの日から、

走り出した人生、

たどり着いた場所が「月の雫」

出来ることなら、

私の人生の最期は、

この美しい場所で、終わりにしたい。

 

 

 

「春の頭」を踏んづけて、冬から夏へ

いつのまに、

「半袖」を着るようになったか、

自分でも、覚えていない。

 

まるで、

「冬が居座って」いるかのように、

寒い寒いと、思っていたけど、

テレビからは、

熱中症」の、ニュースが報道されている。

 

「春の頭」を

踏んづけるように、

冬!から夏!に、なっていく。

 

「地球」も変容して、

「日本」も変容するでしょうと、

気象予報士も、

地質学者も、

大学教授も、

いきなり、

「手のひら」返すが如く、

後出しジャンケン

 

約、100年近く生きてきた、

高齢者は、

生き字引のような人間だけど、

「わたしゃ、こんなこと生まれて初めて!」

と、おっしゃる。

 

「100年に一度の周期」で、

地球も、歴史も、

変わるといわれているが、

私は、生きている間に、

変革してゆく地球を見れて、

良かったと思う。

 

生命体も、自然も、

「進化と進歩の中」を、生きてきたが、

アインシュタイン以降、

歴史的な科学者は、出現はしていない。

 

たしかに、

暮らしは変わり、

「不便なものは便利」になり、

生命体は、

「優れた頭脳と、肉体の持ち主」になった。

 

言うのも、古臭い呼び方ではあるが、

終戦直後」に、うまれた、

私達の年代は、

なかなか、「死なない」

80歳でも、90歳でも、

元気はつらつで、CMに登場!

 

脆弱な、若者達は、

密かに、心の中で思うのである。

「こっちが先にたおれそう!」

「日本の文化」は駆け抜けてみる物ではない。

地球の極東の、

「島国、日本🇯🇵」

ミサイルの音も、無人機の爆弾の音も

聞こえてはこない。

 

アウトバウンドから、

インバウンドに、

いつの間にか、「転換した日本」

 

「小さな国の小さな人間」が、

世界の大国に向けて、飛び立ち、

「エコノミックアニマル」とまで

呼ばれるほど、経済大国となった。

 

私たちの時代の、男達は、

「家庭も、恋人」も顧みず、

「企業戦士」と呼ばれて、

経済戦争に、身も心も投じた。

 

極東アジアの中では、

唯一、欧米に引けを取らない、

大金持ちの国、

敗戦国とは、思えないほどの国に、

返り咲いたのである。

 

いまや、

観光国と化した日本は、

何処にいっても、外国人の観光客が、

溢れている。

 

物価は安い、

文化は美しい、

民族は、おとなしく親切、

そんな観光国に、来ないわけはない。

 

かつては、

世界でも。優秀な製造業といわれた、

お堅い国が、

一瞬で、

「おおきに、毎度、おこしやす!」と、

笑顔で、迎え打つ、

観光国に、変身した。

 

欧米に行くと、

「人種のるつぼ」と、いわれるほど、

どの国に行っても、

外国人達が、我が国の如く暮らしていた。

 

唯一、

「難民を受け入れなかった日本」は、

極端に、

外国人が、少ない国であった。

現代でも、

「外国人に対する制度は厳しく」

多くの問題点は残っている、

 

外国人実習生や、

外国人労働者の、人達が、

日本の中で、

過酷な労働を強いられている。

 

反対に、

高級品を爆買いし、

高級なお料理に舌鼓を打ち、

高級ホテルで滞在している。

外国人の観光客が、溢れている

 

私達の時代からすれば、

「お金、お金、お金」と、

なってしまった日本の姿に、戸惑っている。

日本の文化は、

駆け抜けて、見る物ではない。

しずかに、じっくりと、

愛でて欲しいと、願っている。

 

 

 

 

「明るい春」を、確実に満喫している

騙し討ちのように、

近づいて来た春も、

いまでは、

「夏日に追われてる」

 

この時期、

本来は「三寒四温」で、

夜なると、慌てふためくが、

注意報は、

熱中症に、気をつけて!」

 

「なんなん!」

心迷わす、自然の気紛れに、

「半袖半ズボン」

「長袖長ズボン」

好き勝手に出掛けてる。

 

高校生の、

「立派な生足」を見ると、

逞しく、微笑ましい!

 

「寒いやん!」

「どうしょう!」

今にも雪が降らんばかりの、

冷たい風の中で、

「キャーキャー」と、叫んでいるが、

どっから見ても🌸色。

 

そんな高校生のそばを、

北海道から、

出て来たような、高齢者が、

背中を丸めて通ってる。

 

「若者も、老人も」、

思いはそれぞれあれども、

満開の桜の下を、

ピンクの花びらの、

シャワーを浴びながら、

「明るい春」を

確実に、満喫している。

 

 

「悲しみ」からの、脱出

「悲しみ」は、

果てしなく、続く、

歳を重ねるたびに、増えていく。

 

両手いっぱい、

抱えきれないほどの、

「悲しみの涙」で、身動きが取れない。

 

悲しみは、

捨てるわけにも、売るわけにもいかず、

ただ、

「悲しみを上回る喜び」が、くれば、

一瞬の幸せ感を、感じさせる、

 

悲しみの詰まった箱に、

追いやられる様に、

「喜び」が、散らばっている。

 

忘れられないほど、

貴方の心を傷付けて、

身体の一部になって、

ともに生きていくしかない程の、

「悲しみ」

 

思い出せば涙し、

時間が経っても、生々しく押し寄せる。

貴方を縛り付けている、

「悲しみの絆」は、どんなものかを知りたい。

 

大切だった人からの、

理不尽な言葉?

世の中の、不条理な差別?

誰も気づかないほどの、

小さな傷が、針のようにささってる?

 

本当は、

悲しみも、喜びもない、

「空っぽの心」が、カランコロンと、

音を立てている。

 

「悲しみからの脱出」など、

今更無理なら、

桜色した、シフォンのドレスで、

サクラ舞い散る、

夜空に、飛び出そう。

 

シンデレラみたいに、

約束された時間まで、

自由を満喫して、踊り明かそう、

貴方が忘れた、悲しみの片方の靴、

届けてくれる夢が、

「悲しみ」を、消してゆくときまで。

 

「誰が私を愛していたか」を、知らない

頭は、ボケて、

耳は遠く、

目は掠れ、

手足はギクシャク、

胃腸は、動かず、

心臓は、どっこいしょ!

 

「歳を重ねてゆく」と、

決まった様に、

皆同じ、症状が出る。

一人が不具合を、言うと、

私も私もと、右へ倣えである、

 

「性格と思考」だけは、

何故か、ますます頑なに成り、

時々、

「10代の頃」と、変わらない感覚に、

ビックリする。

 

だから、婆さんになっても、

70代、80代、

女三人よれば、少女の様に、

「姦しい」のである。

 

物食べながら、

喋りながら、

麻雀してる姿など、

「介護度ついた老人」とは、

思えぬほどの、はつらつさ!

 

「高齢者、お年寄り、ご老人」

と、呼ばれても、

年齢では分別できぬほど、

人、それぞれである。

 

若い頃、

人が止めても、止まらなかった私は、

今では、

「動いたら?なにかしたら?」と、

言われるほど、岩の様に動かない。

 

だんだん、衰えてゆく肉体に、

世の中の摂理と、

法則を感じながら、

ここまでこないと、

こんな身体にならないと、

「見えてこなかった真理」が、

面白いほど、見え出すのである。

 

「フェイクとファクト」が、

色をつけて、浮かんでる。

「人の心」は、知らない方が、

「物事の摂理」は、知らない方が、

「誰が私を愛していたか」を、知らない方が、

幸せだったかもしれないのである。

 

 

 

 

 

歳を重ねても「寛容な心」でありたい

春うらら、

「開け放した窓」から、

春色の風が吹き抜ける。

 

今日は、

なんだか、気持ちもすっきり、

「汚れのない、清き言葉」が、

すらすらと、流れるように、

聞こえてくる春日和である。

 

たとえ、

そんな爽やかな日でも、

唐突に、

「虫の居どころ」が、

悪くなる場合もある。

 

親しい者同士でも、

気分も違えば、思考も違い、

「脳の加減」も、

不愉快な状況にもなる。

 

元来、

二人の、「今日の思い」が、

行き違いになってしまうと、

「その場で解決」しようと、する人、

「その場を静か」に、流そうとする人、

両方ある。

 

しかし、

顔や態度に出てるので、

不愉快がバレてしまう。

「なんで?」と聞くと、

自分には興味のない話は

「しないでほしい」と、言われる。

「聞きたくない」と、言われる。

 

「楽しい1日の始まり」に

良かれと思った話題を、

提供したつもりが、

頷きもせず、無視する態度に、

気分も、悪い。

 

「聞きたくなかった」と、

言われた方は、

引っ込みもつかず、

恥をかいた形になり、

プライドが傷も付く。

 

あれほど、饒舌に話をしたが、

まるで、

石の如く、

「口も、心」も、閉ざしとしまう。

 

男性が、我慢強いのか、

女性の方が、プライドが高いのかは、

定かではないが、

「根幹を揺るがす」ほど、

二人の気持ちは、遠のいてゆく。

 

聞くのが嫌なら、

一人でいればいいし、

言われた方も、

どれがお気に召さないかはわからずに、

注意されたら気分も悪い。

 

同じ人間から、

発する言葉が、話が、

「良し悪し」になる関係なら、

元から、

気に入らん相手なのではと、

女性は、思うのである。

 

理屈抜きに、

「こりゃダメだ!」とすれば、

一緒にいても、

向上も無ければ、意味もない。

 

というような、

高齢者の話が、

最近よく聞くようになった。

「この頃、怒りっぽくなったね」

「この頃、すぐムカッとするのよ」

「この頃、我慢ができないのよ」

 

つまりは、

お互い、歳をとったと言う証であり、

何十年の

70歳を超えた人達の

別れ話の原因に、なる場合もある

歳を重ねても、

「寛容な心」では、ありたい。