人生の道なんてない

振り返れば、

「人生の道」なんて無かったと、

友人が答えたのに、驚いた。

 

私から見れば、

あらゆる辛苦を、乗り越えて、

社会的には、高い地位を築かれた、

と、感じていた。

 

計算高い人ではなく、

緻密な計画を立て、粛々と、

努力の階段を、登ってこられた。

 

突然の豪雨の中、

死に物狂いで、川を渡り、

行き着いた先には、何もなく、

ジャングルの中で、立ち往生、

必死で、迷い道の中を、駆け抜ければ、

次なる苦難の連続だったと言う。

 

確かに、

人生は、思い通りにならず、

幸せなる時間は、瞬間で、

不幸は結構、居座るものと、

私の中にも、実感としてある。

 

70歳くらいを過ぎると、

未来より、

過去の方が長いのは当然である。

 

嫌な過去など、数々あれど、

忘却したり、排除しながら、

人生を振り返れば、

70年の道のりが、10年位に短縮する。

 

と言うことは、

綺麗に整理された並木道も、

桜舞い散る川沿いの道も、

無かったことに気が付いたのである。

 

道なき道を、

ただひたすら、歩いたり、走ったり、

なんとか生き延び、ここまで来た。

 

「ああ、しんど!」

と、ほっと一息つける場所が、

此処だっただけ。

残された未来は、短いけれど、

やっと、観客席に座れる様になりました。

孫で、「まごまご」する幸せ

私には、

孫がいないので、「まごまごしない」

 

友人達の中には、

1学級出来るほど、「まごまごしてる。」

人もいる。

ねずみ算式に増えていくらしい。

国に貢献してるなー。

 

一人っ子、二人っ子のばーばも、

可愛すぎて、構いすぎて、

「まごまご」度は、高い。

来るたびに、ご馳走やら、お小遣いやら、

前日から、準備で大変。

 

最近の、じーじ、ばーばは、

若者に合わせたご招待。

盆暮に一個団体帰ってくるので、

自宅ではなく、近くのホテルか、旅館で、

小旅行の豪華なお・も・て・な・し

 

多少のお金はかかるが、

手っ取り早くて、ばーばも疲れず、

一緒に、楽しめる。

 

「親ガチャ」駄目なら、

「じじばばガチャ」の得点もあって良し。

絵に描いたような、幸せ家族。

 

終戦直後の何も無い時代に生まれた、

「トラウマ」が、

孫達に、豊かさを与え続ける。

厳しい親に育った「トラウマ」が、

孫達には、優しいばーばでありたいと願う。

 

何もなかった寂しさも、

厳しく育った哀しみも、

孫達は、伝えて欲しいと、

願っているかもしれない。

未来を背負う子供達のために、

伝えることは、沢山ある。

 

新たなる世界に羽ばたく音

真正面の観客席から、

「新総裁物語」を、観ているが、

見慣れた俳優が、作り笑いの交代劇。

 

筋書きがある様で無く、

楽屋裏が、見え隠れして、

結末に、ワクワク感も湧いてはこない。

 

「党」さえ勝てば、

死ぬまで安泰だったはずの長老達は、

苦虫噛み潰した感はある。

 

党の人事権と、党のお金が、

個人に託され、

利権のための傘の下、有象無象の頭数。

政治家達の「安心、安全」の屋台骨が、

崩れてゆく。

 

押さえ込んだ、若いエネルギーが、

螺旋の法則から、飛び出して、

新たなる世界に羽ばたく音が、

聞こえてくる。

 

コロナ感染拡大を、

瞬時に抑える法案を決断し、

封印されたダムの結界を、解き放せば、

医療も、経済もスムーズに、流れ出す。

 

隠し続けたパンドラーの箱。

蓋を開ければ、

埋蔵金でもなく、輝く宝石でも無い、

「希望」が、見えてくる。

 

 

 

 

 

 

 

台風14号がこっちに来る。

「あっちへ行く!」

と言ってたはずの台風14号が、

「こっちに来る!」らしい。

 

若い時なら、

台風なんか何のその、

「えい、やー!」で、飛び出した。

 

雨にも負けて、風にも負ける、

不自由な身体に、なってしまったが、

迷うくらいなら、「行っちゃえ!」と、

予約時間に、病院へ。

 

「どうですかー?」と、

娘位のドクターが、

PC見ながら、問診する。

 

聞きたい事を簡潔に問うと、

詳細な説明もなく、まともな解答もなく、

「はい、いつも通りの薬出しときますね」

と、あしらわれた様である。

 

「老化」と「加齢」と「認知症

による機能低下は、

高齢者は、誰よりも分かっている。

 

薬をもらいにきたのではない。

何故、そうなるかのメカニズムを、

教えて欲しい。

 

内科なら、外科なら、

壊れたところも、異物がある無しも、

見れば、納得。

 

レントゲンにも映らず、

身体中探しても、見つからない、

心の病。

心療内科のドクターの治療方法は、

患者の訴えを受け止める事から始まる。

 

抗不安薬抗うつ薬、などの、

安定剤を処方されても、

根治治療にはならない事を、

心閉ざした人たちは、甘受している。

 

台風14号が、追っかけてきたけれど、

雨にも風にも襲われず、無事帰宅!

まだまだ、自立の独居老人である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上弦の月

夜空を見上げれば、

少し、膨らみだした上弦の月が、

卓袱の闇の中で、輝いている。

 

敬老の日には、満月に近づく。

中秋の名月とも、言われ、

すっかり、秋が広がる、

 

地球上で、繰り広げられている、

コロナパンデミックも、

経済のひっ迫も、

権力を奪い合う戦闘も、

振り向く事なく、

地球を、静かに回り続けている。

 

生命が誕生した時から、

月の満ち欠けの中で、

生と死を繰り返し、今日に至る。

 

人間の誕生の神秘も、

エスが処刑されたパッションの真実も、

ヒトラーが犯した大罪の悲劇も、

全てを、見つめてきた。

 

そんな神々しい月に、

人々は、涙して、祈り、

人間の愚かさを、浄化してきたのである。

 

未来において、

決して、触れてはならない聖域に、

次々と、「月旅行」のロケットが、

打ち上げられる日が来るのだろうか?

 

出来うるならば、

神秘なるままに、残してほしいと、

希っている。

 

 

 

 

「親ガチャ」に「子ガチャ」

「親ガチャ」

初めて、テレビでこの言葉を知った。

ガチャガチャゲームの事らしい。

 

若者の言葉は、興味もないし、

分からなくても、不自由しない。

ただ、

「親ガチャ」には、ランクがあるらしく、

親としては、関わってるので、興味は湧く。

 

親の職業や、学歴などに、順位がつき、

その家族にうまれたら、

「運が良し!」

外れたら、人生「運悪し」らしい。

 

親に、お金、地位、名誉が、有れば、

経済的に、「ラッキー!」という事で、

容姿端麗、頭脳明晰、運動神経などは、

肉体的に、「ラッキー」みたい。

 

どこら辺を、「普通」というのか、

ようわからんが、

ランク付には、

親の人格、性格などは、是非入れたい。

 

DNAも、大切だけど、

アホでもヤンチャな子供でも、

愛してくれて、守ってくれる、

「親ガチャ」に当たりたいし、

育ててもらいたい。

 

全部が揃った親など、難しい。

良いとこも、悪いとこも併せ持つ親は、

残念ながら、

貴方にそっくりである。

棚からぼたもちは、落ちてはこない。

 

「親ガチャ」もあるなら、

その、反対の、

「子ガチャ」ゲームもあれば、

親からすれば、なお、楽しい。

 

 

 

一寸の虫にも、五分の魂

元来、情が薄い人間なので、

家の中に、

小蝿や、正体不明の虫が、侵入してくると、

即座に、ティッシュで、

「消してしまう」

 

一瞬、罪悪感はよぎるが、

何故か、ホッとする。

 

昔から、

「一寸の虫にも、五分の魂」

という言葉があり、比喩例えとは言え、

自分の中の残虐性に、ちょっと反省。

 

幼かった頃、

家の玄関の真上に、大きな桜の木があった。

当時は、防虫剤もなく、

花が散って、葉桜の頃に、

うじゃうじゃと、毛虫が大量発生。

 

出入りのたびに、怖くて、

その上、男子生徒から、

毛虫を首元から入れられた思い出もあり、

「好きにはなれん!」

 

よって、

空き缶に、お箸で毛虫を一杯いれて、

火をつけて、燃やしたことがある。

「可哀想やん」

と、妹の言葉も遮り、決行した、

 

大人になって、

生命体の生と死を、理解できた時に、

地球上に、命を与えられた生物は、

それぞれに意味がある事を知った。

 

ただ、

缶かんの中の真っ黒になった毛虫を、

見た時に、

「死ぬ」ってこうなるの?

姿形が無くなる事に、切なくなって、

もう、二度としないでおこうと、

心の片隅にとどめたのである。

 

あれから、数十年、

優しい妹は、

大自然に囲まれた、石垣島で、

小鳥や虫や蛇達と、言葉を交わしながら、

幸せに暮らしている。

 

残酷だった私は、

都会の中で、虫を見たら、

「キャー!」と逃げ回る、生徒を相手に、

人の命を預かる有資格者を、

教える講師になった。

 

人生の中の、

どの場面も、貴重な思い出であり、

良きことも悪しきことも、

学びとなることは確かである。