「みんなで渡れば怖く無い」の民族性

ほんの少し、

「陽が落ちるのも」も、早くなり、

しっとり感のある、

季節が、やってきた。

 

7時ごろまで、

「薄暗がりの部屋」で、

節約していた、電気代、

久しぶりの、明るい照明に、

冷えた身体が、温まる。

 

「年金暮らし」の、独居老人、

多少の辛抱、我慢には、

慣れてはいるが、

最近の光熱費の値上げや、

食料品の値上げには、

皆、悲鳴をあげている。

 

年金は、

一度決まれば、死ぬまで変わらず、

日本の経済が、

ここまで悪化するなど、想定外で

悪戦苦闘で、

「安心、安全」な、老後など、

夢のまた夢。

 

「100歳寿命」と、言われても、

後20年も、生きるとすれば、

青色吐息どころか、呼吸は止まる。

 

世の中、

少子高齢化の時代」になり、

働き手の人手不足や、

結婚などできないほどの生活苦で、

「子供など作れません!」の、

言葉に、大慌ての政治家達。

 

高齢者で経済を回すつもりが、

コロナで、

年寄りの自粛生活、

見物客のいないオリンピック、

ウクライナ支援

終わりなき、支出に大慌て、

 

世界の一流から、

二流に落ちても、

どこ吹く風の日本人、

 

「みんなで渡れば怖くない」の、

民族性が幸いしてか、

デモもなければ、テロも少ない、

しかし、

詐欺やら、真昼間の強盗やらが、

横行して、

もはや、「平和な日本」では、

無いことは、確かである。

 

人生のターミナルステーションで、

「急に死んでも」

悲しまず、

昨日までの楽しかったことで、

諦めてください、

 

最近、

「心臓が痛い」ので、

心不全で、

朝、息絶える気がするのです。

と、信頼する友人が言う。

 

そんなことになったら、

私は、

「一週間」は、泣き続けると思う、、

泣いて泣いて、

涙も枯れ果てたら、

身体も、動かず、言葉も出ず、

 

そのあとは、

亡き骸みたいになって、

寝たきりになると思う、

 

二人は、

相手より、早く死にたいのである。

だから、

呼吸が苦しくても、

心臓が痛くても、

けっして、誰にも、知らせず、

「そーっと」、

死にたいのである。

 

余命を、告げられてから、

看取られる方より、

看取る方が、もっと悲しい。

 

日々、死んでゆくのを、

じーっと見ている時間は、

苦しいから、

お互い、誰も、見ていないところで、

静かに、呼吸が止まって欲しい。

 

「神のみぞ知る」寿命、

「神の領域」にまで、

ああせい、こうせい、

神様も、「もう付き合いきれん!」と、

あきれてる。

 

こんなふうに、

「神と人間」

「男と女」

「年寄りと若者」が、

言いたいことを言える時代に、

なった事が素晴らしい。

 

昔から、

「ギリギリガール!」

「滑り込みセーフ!」

と、言われていたから、

 

「お月見の夜」

人生のターミナルステーションで、

列車に乗り遅れない様、

ちょこんと座って、

スマホ」を、見ながら、

待っている私がいる、!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人の心は、一瞬で切り替わる

「神世の昔」から、

人間という生命体は、

今に至っても、

科学でも分析できないほど、

「不思議な生物」である。

 

地球上で、

一人として、

全てが、全く同じ人間は、

存在しない。

 

未来永劫、

人間以上の、AIロボットですら、

作れるものではない。

すべては、模倣であり、記録である、

 

人間に備わった、

「純粋さ」など、

ロボットから、

生み出されることはない。

 

自分自身で

どれかを、「選別」し、

どこまでも、「自己決定」である。

たとえ、

親子であっても、チョイスは違う。

 

肉体的なDNAが、

95%同じであって、

親子の証明ができたとしても.

「残りの5%」は、

この広い地球上で、

誰のものでもない、「神の域」

 

だから、

親子やから、兄弟やから、姉妹やから、

叔父叔母やからと、

信用しろと、言われても、

「それがどうしたん?」

と、心が抗う。

 

〇〇家に、誕生しても、

何千年、

元を辿れば他人であり、

財閥であろうが、優秀な博士の、

血統であろうが、皆同じ。

 

先祖の中には、

簡単に、人殺し、

簡単に、窃盗犯、

血を分けた女子供に、

性加害の、鬼と化した、

「家系」の人間が、いたかもしれない。

 

同じ家系に、

同じ人間がいないからこそ、

同じ犯罪を犯さないのである。

 

AIロボットには、

入力された通り、

何が起こっても、変えれないが、

 

人間は

どんな計画が指示されていても

人の「心」は、

一瞬で切り替わる。

 

「やんぴ、やんぴ!」

会社を辞めさせられても、

親から、勘当されても、

全財産無くなっても、

私は、人間として、生きてきた。

「移り変わりゆく」日本の姿

まだ、夜も明けぬ、

ベットの中で、

久しぶりの「雨音」に、

しばし、耳を傾ける。

 

一昔前なら、

「しとしと」降る雨で、

もう一眠りしていたが、

なんて、風情はなくなり、

「線状降水帯」

聞いたこともない、天気予報。

「バケツをひっくり返す」ほどの雨に、

寝てるどころではない。

 

一瞬で、

道は川と、化し、

車は流され、

ひどい時には、家まで流れる。

 

地震、大津波のような、

大震災なら、わからなくもないが、

数分前には、

「炎天下の青空」が、

いきなりの急展開で、嵐と化す。

 

傘など、何の役にも立たずの、

自然の脅威に、

人間の行動は、想像を超える。

 

落ちてくるかもしれない、

「雷の中」を、

家路に帰ろうと、ずぶ濡れで走る人、

今にも、浮き出しそうな、

「車」を、運転しようとする人、

 

そんな、

「異常な日常」が、

テレビに、映し出される様になった。

「春夏秋冬」、

美しい四季ある日本も、

いつの間にか、亜熱帯の国になった。

 

静かで、

緻密な、「製造業の国」も、

時代が変われば、

ザワザワとした、「観光国家」

 

「移り変わりゆく」

日本の姿に、

我が歳を重ねてみれば、

当たり前の話だが、

久しぶりの雨の音に、

しばし、

「まどろむ朝」を、味わっている、

 

 

 

「いつもと変わらぬ」秋が来る。

どこかのお寺で、

秋の七草

「萩の花」が、満開だという。

夜には、

「薄手のカーディガン」が、必要だいう。

 

さりげない、

当たり前のことだけど、

「いつもと変わらぬ」

日本の四季の、嬉しいニュースに、

感謝の気持ちが、湧いてくる。

 

「見上げた炎天下の空から」

いきなり、

「雪が降ってくる勢い」の、

異常気象と、言われていたが、

やっぱり、

嬉しい「秋」が、顔を出してくれた。

 

長く、

締め切っていた、

心の扉を開け放す。

繋がらなかった友人達との、

メールのやり取り、

ささやかな、レストランランチ、

 

命を守る、自粛生活、

少し、頭は、ボケたけど、

会話も、ちょっぴりチグハグで、

「貴方、誰やったっけ?」の、

おとぼけに、大笑いの時間が、

戻ってくる。

 

名前も忘れ、

歳も忘れ、

日にちも忘れて、しまうけど

会えば、

「楽しい笑い顔だけ」は、

一生、忘れないのである。

 

 

 

私の脚も、「人工骨」のハイブリッド

「昔のお婆さん」は、

足が痛かったり、

腰が曲がってきたり、

指が変形してきても、

 

さすったり、温めたりして、

「膏薬」貼って、辛抱していた。

 

摩って、

治る程度なら、我慢するが、

親指の付け根の骨が痛み出すと、

肩から、首にまで、疼き出す。

 

包丁も、ペンも握れず、

「我慢の限界は早く」

さっさと、医者へ!

 

整形に、行こうが、

内科に、行こうが、

外科に、行こうが、

答えは一つ、

「加齢によるもの」と決まってる。

 

そう言われたら、

「先生、私はまだまだ若い!」とはいえず、

納得はできず、

言い訳もできず、

湿布と痛み止めもらっての、

「帰り道」

 

「加齢」や「老化」や「認知症」って、

正式な、疾病なのか病気なのか?

が、腑に落ちない。

 

使い古した、

脚の骨を、人工物に交換して

ハイブリッドに、なったら、

痛みも取れて、楽にはなった。

 

私の骨の代わりに、

見たこともないような、

「人工骨」が、

レントゲンに映し出されているのは、

なんとも、複雑な気持ちである。

 

 

「新しい生命体」が、どこかの試験管の中にいる

自分自身を、

深く、かき分けてゆけば

人間として、

「弱く、愚かな、裸の老婆の姿」が、

見えてくる。

 

「人間という生命体」は、

小さく、微力で、

大いなる敵にあえば、

一捻りである。

 

我ら、

「元、ホモサピエンス」は、

弱いからこそ、集団を作り結束する。

一人より二人、二人より三人、よれば、

文殊の知恵」はここからきたのかは、

定かではないが、

確かに、一理ある。

 

ホモサピエンスの前に、

大きく、力もあり、賢い、

ネアンデルタール人」が、

存在していたが、絶滅した。

 

力強く、誰にも負けない、

「自分の存在が、神にも近い」と、

周りから崇められれば、

我欲から、

戦いは起こり、殺しあう、、

 

今の時代にも、

ネアンデルタール人的、

専制主義のリーダーたちの血統」も、

密かに引き継がれて、

世界を震撼させている。

 

未来永劫、

同じ生命体が、生き残った証はない。

いつの日か、

必ず、新種に成り変わってゆく。

 

今も、

「地球のどこかで」

「宇宙の星のどこかで」

新しい生命体が、変容する時を、

静かに待っている。

 

もう、すでに、

その生命体は、

地球に、運び込まれ、

試験官の中で、

「成長し続けている」かもしれない。

 

未だ、

コロナウイルスは戦いを辞めず、

インフルエンザは、冬から夏に、

変容しつつある。

熱さと、大雨が、

自然形態を、歪めてゆく。

 

これが、

宇宙の摂理とすれば、

私たち生命体も、

自ずと、姿形を変えてゆく。

 

生きてはいないが、

「100年後の人間」が、

どんな風に変容したかを、

見てみたいものである。