特別養護老人ホーム

名前の通り、特別だったことは確かである。
ベット数100床、大きな施設である。
社会福祉法人であるため、市とは、かなり、直結しており、介護保険が始まる前から、自立できなくなった高齢者の終身まで、面倒を見る施設である。
軽度の人から、重度、なかでも最も重度の人たちを依頼されれば、選択肢はなく引き受ける。
全く、首から下を曲げる事が不可能で、足の先まで硬い木のような人。
下手くそな介護員が、お姫様抱っこをして、折り曲げられないまっすぐな身体の頭や足先を、あちこち壁やベットにぶつけるので、顔の表情が、その時だけは痛そうに歪む。
「ごめんねー。痛い、痛い」と、介護員は謝るが、痛いのはこの人やんと腹がたつ。
また、直腸の出口にできた腫瘍が、成長して、テニスボールほどの大きさになり、身体の外にまで飛び出し、座位がとれず、ベットに寝ることもできず、部屋の中に常に転がっている人、
排泄介助は、かなり技術がいる。
異食という病気があり、自分の排泄物、電球、土や石などを、食べてしまう人たち。
神経の麻痺により、唾液が止まらず、出続けて、抱いて移乗をすると、介護員のユニフォームまでベタベタに濡れてしまう。
そんな方々の毎日の生活に、寄り添う介護員がいることを知ってほしい。
どうあれ、頭が下がる思いである。
元気すぎて少々荒っぽい若い女性の介護員。
声も胸も大きくて、男性の高齢者には大人気。
一言も喋らないが、黙々と介護をこなし、一日中、施設の廊下をバケツを持って走り続ける男性の介護員。
どんな認知症の人にもなぜか好かれて、暴れ出したら、見事に収める介護の天才と言われた女の子。
当たり前の日常の生活が、出来なくなった人達との、特別な世界の中で、
朝から、介護員の大きな声が施設の中に響いている。
「〇〇さん、おはよう!食堂に行くよー」
「〇〇さん!今日は、絶対お風呂に入れるよ」
特別養護老人ホームのなかで、普通の朝が始まって行く。
私の福祉の原点は、この場所から始まり、使命感は、この場所で成長したのである。