美しいタトゥー

おしゃれなケーキ屋さんの店先で、少し、物憂げな、目鼻立ちのすっきりした女の子が、アルプスの少女に出てくるような、可憐な制服に、身を包み、働いていた。
甘いものには目がない私は、そこの店の端正なフランス菓子に魅せられて、お茶を飲みがてら、よく通った。
遠慮がちの笑顔が、華やかなお店とは、反比例して、なお、彼女を引き立たせていた。
何度目かのアフタヌーンティを頂きに行った時、少し話が弾み、個人的な、夢や、悩みをしることとなり、あっという間に親しくなった。
ある日、フリーの日に会うことになり、
待ち合わせの喫茶店に、現れたのは、まるで別人のような彼女であった。
蛹から抜け出たような、美しい蝶々が、真っ白な羽を広げて、風とともに、ドアを開けて入ってきた。
大きく胸の開いた、真っ白のノースリーブのワンピースが、ゆれている。
働いているときの、小さくまとめた髪の毛からは、想像ができないほどの、豊かな真っ黒な髪が、背中まで伸びて、イタリアの絵画から飛び出してきたような女性に変身していたのである。
もはや、チャンずけで、は呼べないほどの
成熟した女性の小麦色の胸元に、あざやかな蝶々のタトゥーが、堂々と、舞っていた。
こんなに、美しい、タトゥーが似合う女性を、かつて、見たことがない。
驚きと衝撃のなかで、少し、はにかみながら、
でも、心は恥じることもなく、本当の自分を、
見て欲しかったのかもしれない。
私も、また、タトゥーに触れることなく、
しかし、それを見たことによって、彼女の深い、悲しみや孤独を受け止めることができて、
一瞬で、二人の距離は、縮まったのである。
叶わぬ夢を語る彼女の背中を押して、励まし、語りつぎ、解き放された希望に向かって、送り出してから、7年目の今夜、
小さなフレンチの店で、再会した。
フランス文学、ロシア文学を原書で読みたいと言っていた、文学少女は、海を越えて、大学に進学し、死ぬほどの、教育漬けで、自然科学の博士課程なかで、自分よりかなり若い人達と、
物理学者への道を歩んでいるという。
「厳しい父に反発して入れたタトゥーが、今は、すっかり、私の個性となりました。」と、
初めて、タトゥーに触れて、話された。
さらに、女性として、成長されて、
可愛い笑顔を見せてくれた夜を、私は忘れない。