一人暮らしの限界。

夜眠りについて、4時ごろまで1時間ごとに、
目が醒める。
致し方なくトイレに行き水を飲んでまた眠る。
その繰り返しで、朝目覚めた時には、
身体は鉛のように重く、朦朧気味。
それでも、身体を引きずりながらでも、全ての用事をルーティンにこなし、ホッとして鏡の前に座った時には、顔に赤みもさして、ゾンビから脱出している。
窓からの明るい日差しに励まされ、お天気に合わせた装いが出来上がった頃には、別人のようになる。
ここまでもってくるのは、そう簡単ではない。
「もう少し、ベットで横になったら?」
と、もう一人の私が優しく背中を押してくる。
煎りたての豆でひいたカフェオーレが、脳の血管に沁み渡り、動き出す。
仕事もプライベートな用事も、滞ることなくすませ、「やれやれ」と、1日無事に終わった安堵感でほっこりとして、テレビを見ていると、
渦巻きのように疲れが襲い、金縛りのように手足の筋肉が硬直し、ビリビリと痺れ出す。
気がつけば、気絶したかのように眠ってしまう。
「なんなん、これは!」
自分に腹がたつのである。
まだ自分に負けていないだけ、軽症かなとは思う。
心療内科に行けば正式な病名は出ないだろう。
内科に行けば、老化でしょうになる。
病院に行けば、検査になる。
「しんどいわー」で寝たら治る若さでもなく、
ストレスも疲れも、見事に蓄積する。
目はかすみ耳は耳鳴り、足腰痛くて歩けない。
「それが、生きてる証拠よ!」
と、元気な友人が励ましてはくれるが、
いつも、疲れてくると「不幸せ」と思う自分がいる。
ならば、幸せになるにはどうしたら良いのか?
一億円あげると言われたら嬉しい!
まず仕事を辞める。
高台の家に住む。
フランスに行く。
等、大したこと考えていない自分にがっかりして、一瞬の喜びは幸せではないことを知るのである。
気の合う人たちと、食ったり飲んだり話したり
、あっちが痛い、こっちが痛いと助け合いながら、泣いたり笑ったりの老後の暮らしが幸せのありかだとすれば、心身症認知症もへっちゃらかも知れない。
そろそろ、一人暮らしの限界が見えて来たのである。