つかの間の幸せ

夏の間、クローゼットの端っこで、目につかなかった薄手のシルクのコートを、久しぶりに着て、しまいこんでいたスエードのローヒールを履いて、外出した。
あまりの清々しい青空に、思わず秋の風を胸一杯に吸い込んだ。
乗り込んだタクシーの運転手さんが、
「今日は!」と感じの良い人だったので、
「あの夏が嘘みたいに涼しくなって、木も紅葉して綺麗!どんな事があっても、必ず秋が来るから、生きていけるんですね。」
と、思わず話しかけてしまった。
「本当に、日本は素晴らしい国ですよ」
と、笑顔で、返事が返ってきた。
向かった先のスーパーには、実りの秋を思わせる食材が並び、豊かな食卓を連想させる。
松茸を筆頭に、ピカピカの秋茄子、真っ白なかぶら、そして可愛い栗達。
約束通りに、実をつけてくれる自然の恵みに、
再び、感謝である。
行き交う人たちの誰もが、幸せそうに見えて、
ほんのりナフタリンの匂いを放つコートの高齢の御婦人の姿もあり、ホッとする。
いつの頃からか、土曜日もお休みになった子供達が、嬉しそうにガラス越しの美味しそうなケーキ作りを無心に眺めている。
平和を絵に描いたような小さな場面を沢山味わって、家路へと帰る。
いつもながらの小さな静かな部屋で、
買ってきたモンブランと、湯気の立つコーヒーが、私の時間に引き戻してくれる。
戦争のない、飢餓のないこの日本の中で、
ささやかな日常を与えられている事に、
感謝してやまない。
無理してはいたヒールの足が、ちょっぴり痛いだけである。