まだ、春は来ない

まやかしの春めいた朝である。
風は強いが、生暖かい。
春一番」と、テレビの天気予報で報道。
私は騙されはしないのである。
まだ、冬は潜んでいる。
あの暖かさは何だったのかと言う寒さは、きっと来る。
今年最後の冬に、真っ白な雪がこの世を浄化して、春にバトンタッチされてほしいと願っている。
出かける前に、薄着のコートを着替えていつもの冬装束に、少し汗ばむやせ我慢。
人々が、待って、待ち続けている春の中に、
嫌われ者の冬が入り乱れるこの季節を、私は何故か好きである。
暗く、冷たい冬を乗り越えて、辿り着いた場所に、温かな温もりがあればほっとする。
冬ごもりのように、傷ついた心を抱きしめてきた人達の為に、春がやって来る。
閉め切った窓を、ほんの少し開けてみれば、風に吹かれた桜の花びらが迷い込む。
だから、ドアの鍵も窓の鍵も、貴方の指で開けてほしい。
「浮かれた春なんか大嫌い!」
と、叫んだ氷の様な涙が、溶けていくかも知れない。
心の病を抱えた人のドアの前で、ピンポンを鳴らし続けている私がいる。