昭和を彷彿とさせる、
団地の一部屋の中で、
「窓ガラスの前」に置かれた、
赤いシクラメンの小さな鉢が見える。
静謐な部屋の中で、
唯一、
色を放っている、
「気まずさと、いずらさ」が、
交錯する時間、
あいにく、
「息子が留守で申し訳ない」と、
帰りかけた私を、止めて、
差し出された、
香り高き、一杯の珈琲、
聞いてはいけないことは聞かず、
言ってはいけないことは言わず、
優しい目で、
時を越えて、元返してゆく時間。
「〇〇君の妹さん?」
我が息子の秘密を、手に入れたがごとく、
嬉しそうな顔で、
三つ編み姿の私を、眺めている。
関西の大学に合格して、
地方から、父親の出張先に間借り状態、
麻雀を理由に、
我が家に、良く夕飯を食べにくる。
本人は留守だったけど、
御父様との、「妙なるひと時」
新聞社の編集長とは、聞いてはいたが、
壁一面に、
数え切れないほどの本が、並んでいる。
眼光の鋭さ、
かん高い声、
長い指先を、
60年を越えた今も、
忘れることができないでいる。
頭が良くても、
女の子が、好意を寄せてることさえ、
気づかない「若い男の人」より、
何もかも、お見通しの、
「大人の男の人」に、出会ったのは、
後にも先にも、
あの瞬間であった。
まもなく、
やってくる「クリスマスの聖夜」
花屋の店先に、
「シクラメンの花」が、並ぶ季節である。