エピソード記憶は忘れない

ヨーロッパの乾燥した空気の中で、

急に雨が降り出して、

バッグから取り出したハンカチを、

頭において、メトロまで走る。

 

地下鉄の温かな列車の中では、

降りる頃には、濡れた髪は乾いている。

パリも、ロンドンも雨の日は、魅惑的である。

 

少し暗めの部屋のスタンドの光が、美しい。

高価ではないが

アンティークな家具が置かれた部屋で、

雨の音を聞きながら、静謐な時間を過ごす。

 

若い頃に、何度も行き来したヨーロッパを、

時々思い出す。

年を重ねる度に、忘却していく中で、

エピソード記憶がある思い出は、

昨日の出来事のように、甦る。

 

当時、旅慣れない日本の友人達は、

ブランドに身を包み、本物の宝石を身につけ、

大きな声で、はしゃぐので、

ひったくりの泥棒の格好の餌になる。

 

ひとりでは狙わず、4人位で襲うので、

あっという間に、身包み剥がされ、

首につけていた宝石も、バックも消える。

慌てて、泥棒を追いかけそうになる友人に、

フランス人の老紳士が、引き止めた。

 

命が助かったことを感謝しなさいといわれ、

諦めた話は忘れられない思い出である。

どんな遠く離れた異国の高齢者も、

「若気の至り」を、諭してくれる。

 

私も、老紳士と同じくらいの歳になったが、

果たして、若いもんに諭せるかは、

疑問である。