「様子観察」人生
朝、目覚めると、
「喉が、おかしい!」
コロナ?
花粉症?
風邪?
起きるなり、悩んでいる。
本当にめんどくさい世の中になった。
医者に行くか行かないか?
普段なら、熱が出るまで、ほっとくが、
今は、そうは行かないのである。
何をするにも、
「自己決定!」
自分で決めて、自分で責任をとる、
民主主義国家である。
権利と義務の狭間のなかで、揺れ動く。
平和な日本で、
ベルトコンベアに、チョコンと乗れば、
何とかなってきた習性が、
ここへ来て、問われている。
コロナになっても、
検査をしなくても、
入院を拒否しても、
何処かの国の様に、死刑にはならない。
「自由」の意味を、
思い知らされる時代になった。
元々、呑気なのか、アホなのか、
緊急度が高くなければ、病気でなくても、
「様子観察」するタイプである。
仕事関連の悩みも、
人間関係のもつれも、
経済的困窮も、
夫婦の離婚問題も、
様子を見過ぎて、結果としては、
生きてる間に離婚はできず、
と言う、結果となった。
良いか、悪いかは分からないが、
「様観」している間に、
事態は変わり、時は経つ。
命に関わる事以外は、
人生の中では、
「大したことはない!」との解答となる。
「特急列車」に飛び乗ろうが、
「鈍行列車」に乗ろうが、
行く先さえ間違わなければ、
必ず、終着駅には到着する事を、
学んだ人生である。