Death・education
梅雨を飛び越えて、初夏である。
閉じこもり気味の私を、友人が連れ出した。
木々の緑が美しく、木漏れ日がキラキラと、
輝いている。
汗ばむ肌が、心地良い。
世界中を脅かしたコロナ感染の世界。
夢なら覚めてと願いながらも、
死と向き合ったリアルな時間であった。
TVが伝える、コロナの死者数は、
私達高齢者を、不安と恐怖に陥れる。
非常事態が解除されても、
私達は、解放される事はない。
年を重ねるたびに、死は遠くないものとして、
暮らしを変え、心構えをして来たつもり。
「明日、死んでも、おかしくないもんね」
と、言っていた言葉は、何処かに吹き飛んだ。
何処にもいかず、誰とも会わず、
ただひたすら、終わりのない嵐が去る時を、
待つ不自由さを、味わったのです。
行きたい放題、会いたい放題、言いたい放題。自由と言う名のもとで、やりたい放題。
その愚かさと、恥を知る期間であった。
若い人達に、私たちが教えねばならなかった、
本当のDeath・education。
伝えておきたい事が、沢山あるのです。