「ただいまー!」いるはずのない母の部屋
家の、
裏山の、西の端の崖っぷち、
ベンチ型の、椅子の形をした、
岩があった。
太陽が沈んでゆく、
絵のような、風景の中を
岩の椅子に座って、
一人で、泣いていた。
街中を染める、夕陽の赤が、
こんなにも、悲しい色だと知ったのは、
その頃である。
訳もなく、理由もなく、
風一つ吹かない、
静かな夕暮れの空に、
小さな星が、浮いている、
振り向けば、
帰り道も見えなくなるほどの、
暗い夜、
何かに終われるように、
家路へと走り続ける。
たどり着いた家の、
母さんの部屋の窓から、
灯りが漏れて、
温もりが見えてきたことに、
安堵する。
「ただいまー!」
いるはずのない母の部屋に、
飛び込んだけど、
誰もいない事も、
とっくの昔に消えた事も、
「おかえりー!」なんて、
言葉は帰ってはこない。
冷たい母の指先に、
小さな指を絡めて、
「最後のさようなら」も言わずに、
「貴方を、愛していたわ」も、聞けずに、
遠い天国に、
黙って、行ってしまったことを、
恨んでいたの。
すっかり、年老いた、
私も、天国に向かう日がやってくる。
その時には、
「永遠に愛している」って、
子供達には、
私は、伝えて死んでゆきたい、