地図のない道に出会ったら。

人生の中で、一度は地図のない道に出会う事があると、生徒さん達には伝えて来ました。親から与えられた地図にはのってはいなかった道に遭遇した時にどう生き抜くか?私が最初に出会った地図にはなかった道は、14歳の時に母を癌で亡くした時でした。出先から帰った私を真っ青な顔をしたお手伝いさんが私の手を引いて、母が入院していた病院に連れて行った時には、すでに母はこの世の人ではありませんでした。
4人姉妹の次女だった私には母から地図どころか何1つ渡されてはいませんでした。悲しみと寂しさと愛を一瞬で失った私が生き抜くために取った方法は、母を思い出さない事、そして心の深い場所に母を封印した事でした。その後父は新しい妻を迎え、家族の形は何事もなかったように過ぎては行きましたが、時々、バリバリと何かが壊れて行くような小さな音が聞こえていました。豊かな家にありがちな平和で幸せな家族を装ってはいましたが、目の前にある崖や落とし穴を地図もないのに避けて歩めたのは、今から考えれば、唯一母が残した本があったからだと思います。一度も怒らず、叱らず静かな母でしたが子供達に世界文学全集、日本文学全集、美術図鑑全集を揃えて、本を好きになって欲しいと願って買い揃えていました。硬くて冷たい本達は、失った物を未来を導く地図だったかもわかりません。思春期の大切な時期を、親代わりで育ててくれました。そのおかげで、少し現実離れした人間になったことは確かです。