「聖なるテーブル」を、セッティング
世の中、
「遅すぎた悲劇」は、
山ほどある。
今の時代になって、
見直されている事件、
今更騒ぎまくる人々、
本当に、
その時起こったことに対する、
「制裁は、正しかったのか?」
たとえ、ジャッジが下されても、
自分の都合や忖度で、
「握りつぶしはしなかったのか?」
社会の中で、
目を覆いたくなるような悲惨な出来事、
人間とは思えないほどの行為が、
「闇の中」で、見過ごされて、
「何十年」も、見て見ぬふり。
加害者が、
最も卑劣だが、
そのことを知りながら、
目を瞑ってきた、周りの非常識も、
許されない行為である。
私達、高齢者の、
日常の暮らしの中にも、
一人の人間の、マナー違反によって、
参加するのは、
静かに、「お断り」しようかと悩む。
スタッフの権限で、
個人情報を聞いてきたり、
自分の好みを押し付けてきたりする、
「パワハラ、セクハラ、虐待、不正」
が、取り沙汰される時代に、
未だ、
平気で、当たり前のような現実を見る。
問題を、みんなで取り上げて、
自分自身が、
加害者であると、気が付かねばならないのに、
「酷い話があるんやね!」と、
人ごとのように、いう人がいる、
「それは、あんた!」
「貴方が、傷つけてるよ!」
と、言わねばならない人たちもまた、
「見返り」が、怖くて、
俯いてしまう人たちが多い、
その事について、
本音が言えて、守られ、改善される、
「聖なるテーブル」を、
勇気ある、誰かが、
セッティングしなければ、
誰も、救われないのである。
今も、
「ジャニーズ」だけではなく、
家族の中で、
会社の中で、
教育の中で、
当たり前のように、
「止まない雨」が、降り続いている。