親父の威厳

「親父、抱えるよ。」
どう、あがいても動かない身体に観念して、
親父はうなづいた。
息子の大きな胸の中に、赤ちゃんみたいに抱っこされて、ベットから車椅子に。
「小さかった頃、なんかわからんけど、親父の事怖かったよ」
と、いつか言ってた言葉を思い出す。
子供には、滅多に怒ることも説教することもない人であったので、息子の言葉は意外であった。
男の子にとっては、ガタガタ言われたりするよりも、威厳のある父親の方が、怖いのかもしれない。
学生時代、柔道にラグビーと、かなりのアスリートであったと聞いている。
医者に行ってる姿を私もみたことがない。
大きな身体で大きな車を運転している親父の姿を、後ろ座席にちょこんと乗って、見ていた息子にとっては、近寄りがたい存在だったのだろう。
そんな親父が、寝たきりになり、ベットの中で細く、小さくなってしまっても、尊厳は現存している。
「自分で起きるから、触るな!」と叫ぶ親父を
何時間もじっと待つ息子の姿に、感心する。
私なら、きっとこう言うだろう。
「無理無理、病気なんやから!」
女は、どこまでも無神経で残酷である。
「最早、ここまで」と観念した親父の悲しみを
大切に扱う息子の中に、男同士にしかわからない礼儀礼節を見たのである。
「貴方の息子は、立派に育ちましたよ」
と、心の中で感謝した。