妄想

「ベットの上に、侍が座ってる!何とかして欲しい」
「壁から、蛇やヤモリが出てくるから、追っ払ってちょうだい」

認知症病棟の夜は忙しい。
廊下を行ったり来たりしている高齢者に声をかけると、部屋に戻れない理由を、上手に作って訴えてくる。

「大丈夫よ。早くベットに入って寝ましょう」
と行っても、頑として侍がいるから追っ払えという。
そんなすったもんだが、繰り広げられるのである。

「お侍さんには、よう言って聞かせたから、もう来ませんよ」と、まともに言うと安心して部屋に戻られるのである。

虚と実の入り混じった施設の夜は眠らない。
この現場を経験して、高齢者の苦しみと悲しみを学んだのである。

そして、私も、その時の高齢者と同じ歳になった。
あちこちガタもきだして、肉体も精神も徐々に壊れて行く。

一人ベットでテレビを見ていると、部屋の隅に誰かの気配を感じる時がある。
ストレスと比例して妄想は広がって行く。

あの時の、侍は、本当にいたのかもしれないと、思えるようになったのである。